香りという瞬間芸術を料理に

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ゲストの記憶に残る一皿を

ふとした懐かしい香りがきっかけとなって、遠い記憶がよみがえる。
そんな体験をしたことはありませんか。
街中ですれ違った人の香水から、昔の恋人を思い出す。
畳の香りで祖父母の家やそこで過ごした子ども時代のひとときを懐かしく思い出す。
私たちが料理をする上で最も大切にしているのは、そんな遠い記憶に働きかける「香り」です。

遠い記憶を呼び起こす香り

香りを嗅ぐことにより、その時の記憶や感情が蘇る事を「プルースト効果」と呼びます。
その由来は、フランスの作家であるマルセル・プルーストが自身の半生を描いたという小説「失われた時を求めて」にあります。
その中には、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した際、その香りで幼少時代を思い出すというシーンがあり、その描写から「プルースト効果」と名付けられました。

しかし人はなぜ香りによって昔の出来事を思い出すことがあるのでしょうか?
それは、脳内での嗅覚の処理経路に関連しています。
嗅覚は、五感(視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚)の中で、唯一感情や本能に関わる「大脳辺縁系」に、またそこにある「海馬」という記憶をつかさどる器官へ、ダイレクトに信号を送ることができるのです。
そのため、ふとした瞬間に感じた匂いが、香りと結びついた記憶をリアルな感情を伴って想起させるきっかけとなるのです。

料理に香りを纏わせ味をつける

香りにはもう一つ不思議な力ともいうべき特徴があります。
それは、香りが料理に味を付けるということ。
例えば、夏祭りなどでよく見かける赤や黄、緑、青のカラフルなかき氷。
イチゴ、レモン、メロン、ブルーハワイなどとして売られますが、実は基本となる味はすべて同じです。
同じ味に異なる香料や着色料を加えることで、人は赤をイチゴの味と感じるようになります。
つまり料理において香りはとても重要なエレメンツ。
私たちが「味」と呼んでいるものの一部には、実は「香り」も含まれているのです。

香りの特性を料理に生かす

そのとき口にした料理をダイレクトに脳へ届け、時にプルースト効果でその記憶を呼び起こす。
そして料理そのものに味をつける。
そうした香りの特性を生かすことで、風味豊かで、かつ料理を食した後にも余韻を感じさせ、記憶へと残る一皿が完成します。

ただ料理に関して言えば、香りというものは、一瞬で消えていくもの。
余韻こそ残すものの、香りそのものは瞬間でしか感じとることができません。
だからこそ、そこには儚さと美しさがあります。
香りは流れ星のごとく瞬単位で独自の輝きを放ち、一瞬で消えていく、いわば瞬間芸術と呼ぶにふさわしいもの。
料理を口にされるときは、その香り立つ瞬間を味わい、そして楽しんでいただきたいと思います。

旅物語を永久に刻む星音の一皿

ときに私たちは、バジルやミント、レモンタイム、ディルなど、ハーブを使って料理に香りを纏わせます。
例えば「ホタテとスナップエンドウ クリスタルアイスプラント グリーンハーブのオイル」。
ホタテやスナップエンドウの甘みと共に鼻に抜けるハーブの清涼感は、その時の食体験だけでなく、旅をした季節と共に、空や海の色、その時に訪れた天橋立の地の情景をも思い起こさせるのではないでしょうか。

間中料理長のシグニチャーでもある「焦がしバターとインカの目覚めラヴィオリ 生雲丹」。
ローストしたポテトの皮を使用した出汁は、ふたを開けた瞬間にじゃがいも特有の優しい甘さが薫ります。
そこにプラスされるのは、ラヴィオリをかんだ瞬間にはじける焦がしバターの芳醇な香り。
こうした香りの記憶は、料理と共に、食事の風景や一緒に特別な時を過ごした大切な人、星音での時間、そのすべてを鮮やかに蘇らせてくれることでしょう。
香りという瞬間芸術を体現した料理は、普遍的な魅力を放ち、人の心、そして記憶へと刻みこまれていく。
私たちはそんな一皿をゲストの皆さんにお届けしたいのです。