世界を旅した料理人の物語 第一章 イタリアへ

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「一皿の中で旅をする」
星音での食体験はときにそう表現されることがあります。
それは、特定のジャンルにとらわれず、丹後の地で育まれる四季折々の恵みと真摯に向き合いながら、「ここでしか味わえない」ユニークさを追求しているからにほかなりません。
香り・食感・奥行きのある味わい。そのすべてを探求したくなる星音のプレゼンテーションは、言うまでもなく星音のシェフたちがつくり上げているもの。そんなシェフたちを率いるのが、星音の料理長・間中弘。料理長に就任してから1年半ほどの月日が流れる今、その独創的なスペシャリテを求めて、この地を訪れるゲストは少なくありません。
しかし間中料理長が、これまでどのようにその技を磨いてきたのかについては、未だ詳しく語られたことはありません。
五感を大いに刺激され、料理を味わいながら世界を旅したような感覚を抱く料理の数々。もしかするとその秘密は間中自身が歩んできたその道のりとも大いに関係するのかもしれません。
今、改めてその軌跡をたどりたいと思います。

自らを突き動かしたのは「料理への情熱と探求心」

「できないならそこに立っているだけでいい」
大学卒業後、ずっと目指していた料理の道へ。しかし待っていたのは、決して甘くない現実。
料理人への憧れや夢は、料理人としての第一歩を踏み出したまさにその日に、一瞬にして打ち砕かれたと間中料理長は語ります。
フランス・イタリア・スペイン・オーストラリアの星付きレストランを中心に、12年に渡り技術を磨く。
今や特定のキュイジーヌにとらわれず、あらゆる技法で食材のうま味を最大限に引き出し、自然と融合した、唯一無二の料理を星音のプレゼンテーションで展開。
そう聞けば、どんな華やかな世界を渡り歩いてきたのだろうと人は思うかもしれません。
ただ、もともと厳しい修業の中で地道にコツコツと知識・経験を積んでゆく料理人の世界。
料理に対する情熱とあくなき探求心をもち、自ら前へ前へと進んでゆく気概と行動力がなければ、決して道は開いていかないのです。

本当に料理人になりたいのか…試された4年間

小さいころから料理に興味をもち、小学生の頃には料理人になると決めていたという間中料理長。
「高校卒業と同時に、専門学校へ行くつもりにしていました。しかし中学卒業後に見習いとして職人の道へ入った大工の父親からは、大学へ進学するようにアドバイスされました。大学に行けば料理とは違う新しい何かが見つかるかもしれない。自身が職人として厳しい修業を経験しているだけに、厳しさに耐えうるだけの決意が本当にあるのかを父は確かめたかったのかもしれません」
大学では料理とは全く関係のない分野を専攻。しかし、料理人になるという思いは、4年の間でむしろ強くなったと言います。そして卒業後、東京恵比寿にあるイタリアンレストラン「イル・ボッカローネ」で働くことに。なぜイタリアンを選んだのでしょうか?
「純粋に自分が好きな料理にしようと思いました。職場に選んだのは、アットホームなイタリアの家庭料理が特徴で、イタリア人男性がホールを担当し、ヨーロッパ的な雰囲気が魅力のレストランでした」

挫折で始まった料理人への道

とにかくやる気に満ち、できることは何でもやろうという思いで、レストランへと向かった間中料理長。しかしその思いはいとも簡単に打ち砕かれることになります。
「まずは1年間接客をしてサービスを学ぶというのが店の方針でした。お客さまの気持ちを汲み取ることができなければ、美味しいものはつくれない。料理を出したときのお客さまの反応をしっかり肌で感じることができれば、調理場に入っても一人ひとりの表情がきちんと浮かぶと教えられたのです。しかし初日、ホールにいて自分にできることは何もありませんでした。何かしようと思っても、何かやりたくてもできないのです。そんな私に先輩からかけられた言葉は一言。できないなら、そこへ立っているだけでいい。ただただ悔しかった…でも、一つひとつ自分にできることを見つけて動くしかほかに術はありませんでした」

間中はさらに続けます。
「また当時の私には変なジレンマがありました。私は大卒でしたが、一般的に料理人を目指す人は専門学校へ進みます。となると、同じ修業の身でも2年先に入ったスタッフは先輩になり、年は下でも敬語を使ったり、指示を受けたりすることに。そのことになぜかすごく抵抗があり、誰よりも料理人として先に抜きん出たいと強く思うようになりました。そのためには本場のイタリアへ行くしかない。そしてイタリアへ行くためには、当時働いていたレストランですべてのポジションをこなせるようにならなければ…。その思いが自分を突き動かしました」

そんな間中は、5年でレストランのすべてのポジションを経験。もちろんシェフとしての経験も積み、27歳で目標だったイタリアへ。それが長い旅路の始まりになろうとは、料理長本人も思っていなかったのではないでしょうか?